你好

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2017年10月24日火曜日

 太極拳サークル  健身気功「五禽戯」講習会

10月15日(日)かでる2・7レクレーション室で、東京本部より宇納めぐみ本部指導員・審査委員をお呼びして、健身気功「五禽戯」の講習会を行いました。
 釧路支部1人小樽支部13人からも参加して、38人が学びました。
 「五禽戯」とは、気功の一種で、1700年程の歴史があり、名医華佗が5種類の動物の虎、鹿、熊、猿、鳥の動きの特徴と人体の経絡、気血の機能を結びつけて編集したものです。
 色々流派がありますが、中国国家体育総局健身気功管理センターが比較検討して新功法を創編したものです。
 日中友好新聞にも今年4月15日から7月25日まで8回にわたり連載されたもので、ご存知の方もいらっしゃると思います。
 今回、皆が初めて学ぶので、手を使う鹿の角の作り方を間違えたり、熊の重々しい歩き方ができなかったりで、四方で笑い声が絶えませんでした。
 最後に、専用の美しい音楽をかけて、左右2回ずつ、約13分かけて行うと、関節がのびて、体中柔らかくなり、呼吸法を使うので、気持ちもゆったりとしました。各教室で指導員が中心となり、マスターし、定着させていきたいと思います。
 次の16日は指導員講習会を行い、五禽戯の復習と太極拳の基本功を学びました。指導員の8人が学びました。

2017年10月20日金曜日

 日中友好協会札幌支部の新会員紹介   札幌市白石区の木無 喜太郎さん  72歳

 木無さんは、1月15日の大西広慶応義塾大学教授・本部副理事長の学習会に参加、6月25日の第52回中国人殉難者全道慰霊祭にも参加し、当日入会しました。
 木無さんは石狩郡当別村生まれ。当別町といえば劉連仁さんが1944年9月、中国から突然強制連行され、翌年7月に脱走して1953年3月発見された町(当時は村)です。
 連仁さんの息子煥新さんは父親が連行された翌月の10月16日生まれ、木無さんは10月29日生まれとほぼ同い年です。浅からぬ因縁もあって、若い時から戦時中の強制連行・強制労働に関心を抱いていたそうです。
 木無さんは今演劇に情熱を傾けています。そして現在角田炭鉱を題材にした演劇「ツーヤンクイ」を制作準備中です。角田炭鉱は夕張郡栗山町にあり、1944年9月14日に151人、29日に143人の中国人が強制連行・強制労働をさせられたところです。当時の様子を中国の三国志になぞらえて17層の地獄のさらに下に地獄を描こうとされています。
 彼の子どものころの思い出といえばいじめでした。その頃、学校公演で劇団新制作座の「泥かぶら(どろにまみれた大根の意)」を鑑賞。自分にオーバーラップして感激したのが、今日の原点とのことでした。             (インタビュー 影浦)
                                       木無喜太郎さん、札幌支部の事務所で

 北海道華僑華人連合会の 焼肉大会が盛大に開催

サッポロビール園の蔦が色付き始めた晴天の10月14日、恒例となりました北海道華僑華人連合会の焼肉大会が開催されました。
 貸し切りとなったポプラ館は満員状態でした。
 来賓に中華人民共和国駐札幌総領事館の孫振勇総領事ご夫妻が出席されました。
総領事は「中日関係は厳しい状況にありますが民間レベルでは良好であり、特に北海道に於いては多くの中国人が来道している、華僑華人連合会の役割はますます重要になります」と挨拶されました。
 次いで、来賓として日中友好協会北海道支部連合会の影浦貞宏事務局長が挨拶に立ち、6月25日に仁木町で開催された第52回中国人殉難者全道慰霊祭に張玉萍副総領事を始め華僑華人連合会からバトル前会長、湖軍毅顧問、楊志剛副会長の参列をいただき、同時に10月1日室蘭で開催された「10・9中国人殉難烈士慰霊の集い」にも張玉萍副総領事の参列をいただいたことへの感謝を述べました。
 会はジャンケンゲームやビンゴゲームで大いに盛り上がり、盛会のうちに終了しました。
                              北海道華僑華人連合会の焼肉大会
                             焼肉大会に参加した孫振勇総領事と影浦貞宏事務局長

2017年10月10日火曜日

苫小牧で村瀬写真展と 河野紘さんのチチハル訪問時の写真説明

9月9日、苫小牧市で、日中友好協会苫小牧支部、追分支部、室蘭支部の共催で、村瀬守保写真パネル展と強制連行の写真展などとともに、昨年、日中友好協会北海道連として取り組んだ中国東北地方の平和の旅で、苫小牧支部の河野紘さんが生まれたチチハル(斉斉哈爾)や哈爾濱、平頂山などをツアーを組んで行いました。
 9日、河野紘さんがパソコンのパワーポイントを使用して、斉斉哈爾の生家跡をガイドさんが探し出して案内してくれた時の写真や、日本軍の遺棄毒ガス被害の状況と遺棄現場など、哈爾濱に新設オープンした731部隊の展示館、平頂山事件の現場に建つ資料館などを見学した模様の沢山の写真を写しだしながら詳しく報告しました。
                                   講演する河野紘さん

第25回10・9中国人殉難烈士慰霊の集い 近年にない晴天に恵まれて慰霊の集いが厳かに開催

 今年で25回目を迎えた「10・9中国人殉難烈士慰霊の集い」が室蘭市イタンキ岬にある慰霊碑前において開催されました。
 参加者は、地方からの参加を含め71人でした。札幌支部からは、小川勝美理事長、三木ふみよ副理事長、影浦貞宏事務局長、会員の木無喜太郎さん、本庄十喜さんと教育大大学院中国人留学生邵晶晶さんが参加しました。
 最初に参列者全員で黙祷が捧げられ、松原剛実行委員会代表が、参加者へのお礼とイタンキ浜の遺体発掘の様子や慰霊の集いの経緯を話されました。
 参加者全員による献花のあと、張玉萍中華人民共和国駐札幌総領事館副総領事が「今年は中日国交回復45周年の記念すべき年、25年にわたる慰霊の集いを開催されたことに感謝と敬意を表したい」と述べられました。次いで、室蘭工業大学中国人留学生学友会会長千越洋さん、中国人殉難者全道慰霊祭事務局(日中友好協会北海道支部連合会理事長)小川勝美氏が挨拶に立ちました。
 続いて、合唱団あすなろの追悼合唱、三木ふみよさんの慰霊太極拳の表演が行われました。
 また、昨年の慰霊の集いなどを取材した伊達高校放送局が北海道のNHK杯最優秀賞を受賞したラジオドキュメントが流されました。
 慰霊の集い開催前に、慰霊碑にお菓子が供えてありました。あとで分かったことですが、お母さんに伴われた中学1年の女生徒が供えたものとわかりました。室蘭の友好都市中国日照市に来年訪問する予定の生徒で、慰霊の集いのことを知って供えて行ったとのことでした。出来れば慰霊の集いに参加して、日照市を訪問した際このことを話してほしかった。
 午後2時からは、会場を室蘭市中小企業センターに移して、「中国人強制連行犠牲者の遺骨発掘時の記録(1954年10月9日)」のDVDを視聴し、北海道教育大学札幌校准教授の本庄十喜先生による「中国人強制連行から見る日本の戦後補償問題」と題する講演を拝聴しました。 
            室蘭市イタンキ浜の中国人殉難烈士慰霊碑
               挨拶する松原剛代表
               献花する参加者
            挨拶する中国駐札幌総領事館の張玉萍副総領事

              挨拶する道連小川勝美理事長
           慰霊太極拳を表演する三木ふみよ副理事長
          報告する北海道教育大学札幌校の本庄十喜准教授
            発言する伊達高校放送局の女子生徒
                        発言する北海道教育大学札幌校大学院生の邵晶晶さん

小野寺先生 有り難うございました。 札幌支部理事 高橋 忠明

 小野寺昌二先生と私は北大での組合活動や退職後は「年輪の会」でご一緒でした。先生は事に当たる場合は真剣に考え、積極的に取り組まれる方でした。
 1993年年輪の会の集まりで「中国人のものの考え方」と題して2年間の中国生活の経験から、中国人のものの考え方を紹介し、中国には日本の「忠孝」という考え方はなく、友情を最も大切にする等と話されておりました。
 中国人で強制連行された劉連仁さんの息子煥新さんも挨拶されたこの日、1997年に札幌で開かれた日本高齢者大会から、毎年各地での大会に積極的に参加され、高齢者問題に皆が関心を持つように話されておりました。その中の一つ「年金について」の中には、現在の年金制度は在職中の掛け金で年金が支払われる。
 他方軍人恩給は戦争に行ったか、軍務に従事したかを問わず、国の恩恵によって支給されるのである。と述べられていました。
 本当のことを多く教えて頂き有り難うございました。

 小野寺昌二さん死去

 長年会員として活躍されましたが、8月21日、逝去されました。享年101歳。
 元北海道大学理学部助教授。在職中は教職員組合の委員長をされ、退職後は退職者の「年輪の会」の初代会長。協会の会員としては東京の全国大会や仁木町の中国人殉難者全道慰霊祭、日中友好協会の新年交流会などに亡くなる前年まで熱心に毎年参加されまた。
          写真は2016年1月の新年交流会で挨拶する小野寺昌二先生